初任給で買った腕時計


僕が持っている腕時計は初任給で買ったものだ。
高校を卒業してすぐに就職し、電車を乗り継いで大きめのショッピングモールまで買いに行った。痩せ形の僕の体型に合うように薄いタイプで、ベルトは革タイプ、時計盤の所は濃い茶色の表面にオレンジ色の棒が12本入っていてそれを指し示す長針と短針で時刻が分かるようになっている。文字盤の下の方には小さく今日の日付が表示されている、そして防水。なるべくジャマにならないように、そしてシンプルでどんな服にも合うようなやつを選んだ。今ではベルトの穴が一番小さいところから2番目の場所で形を覚えてしまっている、腕のサイズはあのころから特に変わってないみたい。
そんなに高価なものでは無いんだけど、えらく長い時間をかけて選んだお気に入りの腕時計だよ。帰りの電車の中で自然と口元が緩んでしまって他の人から見たらとても変な人に見えたと思う。


そんな腕時計なんだけど、この腕時計には日付表示が入っているんだ。それがいけなかったと今では少し後悔している。
日付が30日までの月があるとする、というかある。その月をまたぐときに30日の次の日は1日で時計内の表示も1日になっていないと困るのに、時計内では31日を指しているんだ。電波時計の機能は入っていないんだよ。
これを直すために月をまたいだあとには時計の針を止めて、たとえば7時に止めたとしたら、次の日の7時まで針を進めるということを毎回やっていたんだ。この針を進める作業が面倒くさくてね、時間を進めるノブのような出っ張りが凄く小さいんだ。一度その小さいノブのような出っ張りを引っ張って時間を止めて、指先でくるくる回して時間を進める、そのあと目当ての時間まで針を進めたらノブを押し込んで時間を進める。指先で一回回すと15分ぐらいしか進まないんだ、それを24時間分進めるとなると嫌になってくる。30日だとまだ良い方だ、2月の時なんて最低な気分だったよ。


面倒で、でもお気に入りの時計を買うことのできた初任給、それをもらった会社ももう辞めてしまった。なんだか自分には合わない仕事だったみたいでね、今は無職を大いに楽しんでいるところだよ。次はどんな会社に入って何をしようかな。
会社は辞めてしまったけど、時計は残っている。あの時の気持ちはずっと覚えていたい。でもそろそろ時計の針を進めるのにも流石に面倒で、新しいのが欲しくなってきたよ。
いつの間にか日付が遅れて取り残されている時計を、針を進めているときに「はやくはやく」と急かしているような気持ちになって、「そういえば初任給で買ったんだよな」と昔のことばかり思い出してしまうこの時計。凄くお気に入りなんだけど、そろそろ取り残されないような時計で、まっさらな新しい気持ちになる時計が欲しくなってきたよ。次も初任給で買えたら良いな。